2015年7月3日金曜日

消費者のビジネス・エシックス

 ある学校での、倫理学の授業でのこと。その授業は学生のグループがあるテーマを決めて発表し、その発表を承けてクラス全体でディスカッションをする、というかたちで進められる授業なのだが、ビジネス・エシックスをテーマにして発表したグループがあった。

 まぁまぁ、よく調べてきてくれました。感心感心。しかも、調べたことをきちんと自分で咀嚼して、しかも聞いている相手を無視せずに語りかけるように話してくれました(これ、基本中の基本なのですが、実はなかなか難しい……学校の授業での発表のみならず、研究者の学会発表でも、さらにはベテラン教員の授業においてさえも、よくあることなんです。かく言う私も注意せねば)。そして照れながらも、楽しそうに話してくれました。

 でも、話している学生も聞いている学生も一番熱が入って、私も聞いていて一番楽しかったのが、アルバイト先での経験談。まぁ、具体的な状況は書きませんけどね。その学生は販売系のアルバイトをしていたのですが、その売場には有名な(?)悪質な客がいた。そしてその客への対応をめぐって、やっかいなトラブルがあり……といった話です。まぁ、ありがちな話といえばありがちな話なんですけどね。ところで、若いうちからそういう世の中の汚い部分だとか面倒な部分だとか悪意に満ちた部分だとかを見ておくのは必要なことだ、みたいに言う人も多いですね。意外かもしれませんが、私はそういった考え方に必ずしも賛成ではありません。いや、厳然たる事実として、現実は汚いものだし面倒なものだし悪意に満ちています、そんなことは当り前すぎるほど当り前のことです。でも、べつに現実のそういう部分を全く知らずに、天使のように清らかに一生を終えることだって、もしかしたら不可能ではないかもしれない……いや、それはほぼ不可能だとしても、現実は汚くて面倒で悪意に満ちているとしても、その中で生きる自分も汚くて面倒で悪意に満ちた人間になる必要はないし、そんなこと、避けられるなら避けた方がよろしい(始末が悪いのは、そういう人間に限って、ひょっとしたら自分はそういう人間なのではないか、という、疑いすらもこれっぽっちも抱かない、ということ)。

 で、その学生は自分の経験について語っている時に、悪質な客に対する嫌悪や怒りを剥き出しにしていたので(いや、これはちと言い過ぎかな)、ちょっと気になった。でもまぁ確かに、クレーマーだのなんだの、最近は悪質な消費者が、多いですな。教育機関においてすら、自分を消費者だと勘違いしている生徒や学生がいて(いや、生徒や学生のみならず、保護者や教員、それからいわゆる教育評論家の中にもいますね、そういう勘違いをしている連中)、やっぱりそういう連中は悪質ですな。悪質というよりむしろ「そんなもんでいいのかよ!?」と言いたくなってくるような連中、ですね。ちなみに私の場合は、「こっちは客なんだから」なんて言う学生と遭遇した場合は、原則としてとりあえず、二度と会わずに済むような対応をすることにしています(「原則として」というのは、教育の余地ありと判断した場合は例外的な対応をしますけどね。そして、なんとかして「教育の余地」を見つけ出そうとすることが、そういう状況における教員の最優先の仕事だとも思っております)。……おっと、脱線しました。ところで当り前の話ですが、授業で話をしてくれた学生はもちろんのこと、人間は生きている以上、消費者の立場に立たざるを得ないわけで、これは言いかえれば、「誰もが消費者としてビジネスに関わっている」と、そういうことなんですね。だから、「消費者の側のビジネス・エシックス」なんてことが、もっともっと論じられて良いのではないかと(あ、一応念のため言っておきますが、私が言っているのは、いわゆる「エシカル・コンシューマー」とか、そういう問題ではないです)。

 で、自分自身のこんな体験を思い出しました。私、ラーメンが好きなんですよ、大好きなんですよ。で、都内のお気に入りの某有名チェーン店に、よく食べに行くんです。まぁ、どの店舗も小奇麗でお洒落な、言ってみれば「今風のお店」です。そういうお店って、店員と客とのコミュニケーションが、ほとんどないんですよね。ほら、昔ながらの中華食堂だのラーメン屋さんだのでは、お店の人とお客さんとが世間話に花を咲かせたりとか、あるじゃないですか。「今風のお店」では、そういうことは、まずない。会話にしても、店員さんが「いらっしゃいませ」とか「お熱いのでお気を付け下さい」とか「ありがとうございました」とか言うくらいで、客の側は終始無言、なんてことも、珍しくもなんともない。で、もうずいぶん前になるけれど、そんなお店での、ある日の出来事。いつものように一杯目を食べ終わりそうになったタイミングで、替玉を注文したわけですよ。で、替玉の皿が出てまいりました。ふと気が付いたんです、その皿には、一本の髪の毛が……。一応言っておきます、なんでもないんです、そんなこと。ある世代以上の方々にはわかると思いますけど、ラーメン屋さんて、そんなものだったでしょ?ドンブリの隅に髪の毛がついてたり、スープに小さな小さな羽虫が浮いてたり……こうやって言葉にすると汚らしいけど、でも、そんなものだったでしょ?で、下手をするとそういうお店の方が美味しかったりとか。だから、替玉の皿の髪の毛なんて、全く気にも留めず、何も言わずにそのまま食べ続けたわけですよ。で、お会計。「ごちそうさ~ん」と言って店を出てちょっと歩くと、後方から何者かが私の方に走ってくる気配が。その人物は私の真後ろで止まったので、普段からゴルゴなんとかさん並みに背後への注意を怠らない私は、後ろを振り返りました。そこには、たった今出てきたばかりのラーメン屋さんの、店員さんが……

店員さん 「あの、すいません」
中畑   「なんでしょう?」
店員さん 「先ほど、替玉に髪の毛が入ってましたよね?」
中畑   「(完全に忘れていたので、完全に素で) そうでしたっけ?」
店員さん 「はい。ですから、先ほどのお代、お返しさせていだだきますので……」

 その店員さん、「今風のお店」にふさわしく、とってもさっぱりとした、さわやかな、それでいてとっても真面目そうな、イケメンさんでした。そんなイケメンさんがですね、とってとっても申し訳なさそうな顔をして、こんな風に話しかけてきたんですよ。私、ちょっと気の毒になりましてね……

中畑   「いやいや、いいです、そんなの」
店員さん 「いえいえ、そういうわけには……」
中畑   「いやだってほら、それ、俺の髪の毛かもしれないじゃん?最近よく抜けるんだわ……」
店員さん 「(ちょっと微笑み。よし、受けた!w)は、はぁ……」
中畑   「(ちょっとばっかし受けたもんだから調子に乗って) いや、ホントに。いつもウマいもの食わせてもらってますからね。いいんですよ、たまには、そんなこと。また近々お邪魔させていただきますので。」
店員さん 「(カッコつけてその場を立ち去る私の背中に向けて、とっても大きな声で) ありがとうございましたっ!」

 今思うと、その店員さんにとってもお店にとっても、一大事だったんでしょうね。何しろほら、「この店はラーメンに髪の毛入れて出すぞ!」とかネットに書かれでもしたら、下手するを大損害だし、実際そういう困ったケースも多いみたいだし。それはともかく、しばらくしてそのお店にお邪魔したら、その店員さん、もちろん私のことを覚えてくれてましてね。その時から、少しずつ少しずつですが、お話しするようになりました。で、その店員さんと私が話しているのを見ていた他の店員さんとも、お話しをするようになり……。その他にも「ちょっとイイこと」があったりしたのですが、それを具体的に書いてしまうと、「店員さんと中よくするとこんなお得なことがありますよ」というような功利主義的な(?)お話を私がしているのだと勘違いされそうで、そんな風に勘違いされるのは絶対に嫌なので、やめときます。ちなみにそのチェーン店は店舗間での店員さんの移動が激しいらしく、その店員さんは今はその店舗にはいません。今この瞬間も、どこかで、やっぱり元気で頑張ってるんだろうなぁ……。

 さて。思うに、今の消費の現場というのは、消費者の側にしても提供者の側にしても、悪意を前提としているんですな。だから、消費者の中には「隙あらばクレームを!」という輩が多いわけだし、提供者の方も「先手を打ってクレーム封じ!」みたいな態度に出る場合も多くて、まぁ、悪循環ですな。そんな中、とりあえず消費者として、悪意を前提とせずに消費というビジネスの現場に入っていくことも可能なんだよ、と。そして、もしかしたらそうすることによって、人間的なコミュニケーションが生まれて、消費者にとっても提供者にとってもお互いに心地よい消費の現場が生まれるかもしれないかもね、と。そういうことも伝えておかなければと思いましてね、自分のアルバイト経験を語ってくれた学生に敬意を表して、私自身の体験もお話ししたのでした。

 ……え?「資本家のビジネスなんて、そもそも搾取してやろうっていう悪意が大前提じゃないか!」だって?ほうほう……よろしい。もしも本当にそうとしか考えられないなら、そうだな、消費者戦士として、死ぬまで戦い続けるか、あるいは、そもそも消費という営みそのものを、やめてしまってはいかがかな。あのね、別にビジネスの場に限らないんですけどね、相手が、状況が、分からない場合には、とりあえず自分に出来得る、あるいは考え得る、最善の選択を、とりあえずでもしてみるしかないんです。そりゃもう、命がけ、「命がけの飛躍」、ってやつです。それからもう一つ確実に言えることは、ただ文句ばっかり言ってるだけでは、人間、絶対にハッピーにはなれないんです。


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